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「社会・経済」から「昨晩見た夢」まで手広くカバーする個人ブログです

マルク・シャガールについて

マルク・シャガールは1887年に、ロシア帝国ヴィテプスクという小さな田舎町で生まれました。「シャガール」という名前の響きから、彼をフランス人の画家だと思っている方が多いようですが、実は彼の出身はロシアだったんですね。もっと言うと、彼はロシア人でもなく、ユダヤ人でした。フランスに移り住んで、フランス風の名前を名乗るようになったのは、彼が大人になってからのことでした。彼の作品や生涯については、多数の書籍やブログに解説がありますし、そもそも僕は大学で芸術学を専攻した訳でもなく、かつ高貴な家庭で芸術の素養を磨かれて育った訳でもないので、ここでは単純に僕の好きなシャガールの作品について、少しだけ記しておこうと思います。

 

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1918年 «Над городом(街の上で)» 

 

これはシャガールの作品の中で恐らく最も有名な絵画ですね。彼の故郷、ヴィテプスクの空を一組の恋人たちが飛んでいます。空を飛んでいるのはシャガール自身と、彼の愛妻ベラであると言われています。一見幻想的で美しい絵画ですが、左下の辺りをよく観てみると、、尻を出して脱糞する男が描かれていますね。「この尻出し男は一体どのような意図で描かれたのだろう?」なんてことを学者の方たちは真剣に考えているようですが、僕は単なるシャガールなりのユーモアなのではないかと思っています。僕だって何かスピーチをする時、「決まりすぎているな」と感じたら一発ウケ狙いの冗談でも言いたくなります。僕とシャガールが同じような思考回路を持っている、なんて考えるのはあまりにも厚顔無恥なことですが、ここではそういうことにしておきましょう。

 

シャガールは1887年に生まれ、1985年にその生涯を終えました。つまり、彼は98歳の時にこの世を去った訳ですが、これは当時のロシア(ロシア人というのは今も昔も短命ですが)の平均寿命から考えれば、異常に長生きだったと言えるでしょう。しかし、彼が生きたこの時代というのは、よく知られているように、ロシアの歴史が非常に大きく動いた時代でした。1917年のロシア革命、1923年のソ連成立、1936-38年のエジョフ粛清、そして、その後に続く第二次世界対戦、、。この時代に生きたロシアの芸術家というのは、例外なくこの時代の波に飲み込まれ、少なからぬ影響を受けた訳です。しかし、前述の通り、彼自身は1910年にフランスに移住し、その後もアメリカなどを転々としていたため、直接彼の身に危害が及ぶようなことはありませんでした。ですが、彼の故郷・ヴィテプスクは戦火に焼かれてしまいました。加えて、戦争中の1944年、彼は最愛の妻ベラを敗血症により失います。この時の彼の苦痛と心労は、想像に難くありません。実はその後、シャガールは亡くなるまでに二人の女性と結婚しているのですが、彼の心は最期までベラのもとにあったようです。

 

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すいません、画像はなんとか見つけたのですが、タイトルがどうしても思い出せず。。晩年に描かれたものであることは間違いないと思います。分かる方がいらっしゃったらコメントで教えてください…。出典元のURLを貼りますが、海外サイトなので閲覧は自己責任でお願いします: 

Поэзия в картинах: "Шагал по улице Шагал" - Ярмарка Мастеров - ручная работа, handmade

 

そう、この作品はまさしく、1918年に描かれた『街の上で』のセルフオマージュです。つまり、描かれている街は戦争で破壊された彼の故郷・ヴィテプスクであり、描かれているカップルは、亡き最愛の妻ベラとシャガール自身なのです。どこか寂しげな青の色彩効果もあり、僕はこの絵を観た時に思わずじーんと来てしまいました。失われてしまったものを愛し続けるということは、とても美しいことですが、同時にとても切ないことだなぁと感じたのです。

 

そんなこともあり、この二つの作品はずっと心に残っていたので(タイトルは忘れてしまっていますが…)、柄にも無くこんな記事を書いてみたのでした。シャガールの作品はフランスの国立マルク・シャガール美術館のほか、ロシアのトレチャコフ美術館、アメリカのニューヨーク近代美術館などにも所蔵されていますので、それらの国に旅行へ行く機会があれば、ぜひ一度ご覧になってみると良いでしょう。